デジタルトンボ図鑑−羽化殻編
ヤンマ上科/サナエトンボ科 検索表
 サナエトンボ科の幼虫・羽化殻は他の科にはない独特の特徴を有している.それは,(1)触角が4節からなり,その第3節が特に発達して独特の形状をするものが多い.そしてその形状は属内でだいたい一致する.(2)前肢と中肢の跗節 tarsus は通常3節であるが,サナエトンボ科ではこれが2節で形成されている.
 成虫に産卵管がないので,原産卵管はない.泥や砂礫に潜って生活しているものが多いので,前肢・中肢の腿節が太いものが多い.サナエトンボ科には,背棘や側棘が不明瞭であったり,欠失している個体が存在するので,「少なくとも」という表記を行っている箇所がある.この場合,そこに記述している以外の腹節にも背棘や側棘が存在する場合がある.そこでそれらを無視して検索を行っても問題ないように,検索表を構成している.
検索キー01
01.先のとがった明瞭な背棘が少なくとも腹部第2節から第8節に認められ,第7,8節の背棘は稜状になっている.側棘は少なくとも腹部第4節から第8節に認められ,特に第7節の側棘がするどく外側に突出している(赤矢印).触角第3節は棒状(青矢印).腹部第7,8,9節の背側前縁から側縁にかけて濃褐色の斑紋が見られる(F,G,H).体長は35mmを超える・・・ウチワヤンマ属ウチワヤンマ
− 01のいずれかが当てはまらない.・・・02
var. 独特の形態で類似種はなく,一見してウチワヤンマと同定可能である.
a.ウチワヤンマの全形図.
検索キー02
02.腹部の最大幅が体長の40%以上あり幅広い(a).・・・03
− 腹部の最大幅は体長の40%より明らかに細い.(b).・・・04
  a.タイワンウチワヤンマ全形,b.アオサナエ全形.
検索キー03
03.触角第3節は団扇状をしている(a:矢印).・・・コオニヤンマ属コオニヤンマ
− 触角第3節は棒状である(b:矢印).・・・タイワンウチワヤンマ属タイワンウチワヤンマ
var. 両者とも類似種はいないので,その特徴的な体型から全形だけで同定できる.
a.コオニヤンマの頭部,b.タイワンウチワヤンマの頭部.
検索キー04
04.前肢・中肢脛節先端部の突起ははっきりしない(a:赤矢印).触角は棒状である(a:青矢印).体長は30mmを超える.・・・メガネサナエ属
− 04のいずれかが当てはまらない.・・・05
var. この検索段階で,メガネサナエ属以外で前肢・中肢脛節先端部の突起が小さいのはダビドサナエ属とコサナエ属であるが,いずれも体長は30mmに届かず,触角はヘラ状である(b:青矢印).またメガネサナエ属以外で触角が細いのはミヤマサナエ属,ホンサナエ属,アジアサナエ属であるが,これらはいずれも前肢・中肢脛節先端部の突起が大きく明瞭である(c:赤矢印).
a.オオサカサナエの頭部と胸部,b.クロサナエの触角,c.キイロサナエの頭部と胸部.
検索キー05
05.触角第3節は基部の方が太く先へ行くほど細まる三角形状である(a).・・・オジロサナエ属
− 触角第3節は基部の方が太く先へ行くほど細まる三角形状ではない(b).・・・06
var. 触角第3節が幅広くなっているサナエトンボは結構数が多いが,基部が一番幅広になっているのはオジロサナエ属だけである.
a.オジロサナエの触角,b.ヒメクロサナエの触角.
検索キー06
06.背棘は,先が丸く,尖っていなくて(a:矢印),腹部第2節から第9節(a:A,..., H),または腹部第2節から第8節,または少なくとも腹部第6節から第9節に認められる.・・・07
− 背棘はないか,または存在する場合にも06のいずれかが当てはまらない.・・・10
var. この検索段階で,06に入らないで,少なくとも背棘が腹部第5節から第9節に存在するのはタベサナエだけであるが,この背棘は鋭い.他は,背棘があったとしても,腹部第8節または第9節である(b:赤矢印).
a.オナガサナエの腹部,b.ヤマサナエの腹部.
検索キー07
07.触角第3節が細く棒状(b:矢印)で,はっきりとした側棘が腹部第2節から9節(a:A, ..., H)まで見られる.・・・アオサナエ属アオサナエ
− 触角第3節は幅が広くだ円形(d:矢印).側棘は腹部第7節から第9節にまである(c:F, G, H)が,はっきりと認められない場合もある.・・・08
  a.アオサナエの腹部背面,b.アオサナエの触角,c.ヒメホソサナエの腹部背面,d,ヒメホソサナエの触角.
検索キー08
08.前下唇が細長く(a),基部の方向に細まっていて逆台形をしている.尾毛の長さは肛上片の長さの半分程度(b).・・・ヒメサナエ属ヒメサナエ
− 前下唇は長方形で細長くはない(c).尾毛の長さは肛上片の長さよりやや短い程度,または半分よりはかなり長い(d).・・・09
  a.ヒメサナエ前下唇,b.ヒメサナエ肛錐,c.オナガサナエ前下唇,d.オナガサナエ肛錐.
検索キー09
09.羽化殻全長27−30mm程度(a).種子島以北,青森県までに分布する.・・・オナガサナエ属オナガサナエ
− 羽化殻全長20−22mm程度(b).石垣島,西表島にのみ分布する.・・・ホソサナエ属ヒメホソサナエ
  a.オナガサナエ全形,b.ヒメホソサナエ全形.
検索キー10
10.触角第3節がだ円形をしている(a:赤矢印).背棘がない.前肢・中肢脛節先端部の突起は明瞭である(a:青矢印).終齢幼虫の翅芽は後方に平行に伸び,わずかに開くことはない(d:緑矢印).・・・ヒメクロサナエ属ヒメクロサナエ
− 10のいずれかが当てはまらない.・・・11
var. 羽化殻は総じて翅芽が開いた状態で乾燥し固まっているので,羽化殻で翅芽が後方に平行に伸びるかやや開き気味になっているかを判別するのは難しい.その点でダビドサナエ属とヒメクロサナエの同定には注意する必要がある.この検索段階では,ダビドサナエ属以外は触角第3節がヒメクロサナエほどにだ円形をしている種はいない.
a.ヒメクロサナエ全形,b.ヤエヤマサナエ触角(赤矢印),c.ヒロシマサナエ前肢・中肢脛節先端の突起(青矢印),d.クロサナエ終齢幼虫の翅芽の開き(緑矢印),e.ホンサナエの腹部先端と背棘(黄矢印).
検索キー11
11.前肢・中肢脛節先端の突起は明瞭に認められる(a:青矢印).触角第3節は細い(b:赤矢印).腹部第10節が細長く後方に伸びることはない(a:緑矢印).背棘は腹部第8または9節にしか存在しないが,泥のついた羽化殻では見えないこともある.羽化殻全長28−35mm程度・・・12
− 前肢・中肢脛節先端の突起は小さい(f:青矢印).触角第3節はやや幅広いヘラ状をしているか細いへら状である(c, d).腹部第10節が細長く後方に伸びるものがある(e:緑矢印).鋭く明瞭な背棘が少なくとも腹部第5節から9節に見られるものがある(g:D, ..., H).羽化殻全長20−28mm程度.・・・14
var. たくさん記述したが,慣れてくると,サイズで簡単に判別できるようになる.
a.キイロサナエ全形,b.ヤマサナエ触角,c.ダビドサナエ触角,d.タベサナエ触角,e.オグマサナエ腹部先端,f.ダビドサナエ前肢・中肢脛節先端の突起(青矢印),タベサナエ腹部側面から見た背棘.
検索キー12
12.腹部第5節の横幅と第6節の横幅を比べると,明らかに腹部第6節の横幅が狭くなっている(a).・・・アジアサナエ属
− 腹部第5節の横幅と第6節の横幅はほぼ同じである(b).・・・13
var. 腹部が縦にへしゃげた羽化殻を同定するときには注意を要する.
a.ヤマサナエ全形図,b.ホンサナエ全形図.
検索キー13
13.腹部第9節の最大幅に対する,腹部第9節の正中線に沿った腹節長(節間の伸びた部分を省いた背棘の根元までの長さ)の比が0.4前後である(a).または,明瞭な側棘が腹部第6節から9節に存在し,かつ背棘が腹部第8,9節に存在する(b).・・・ホンサナエ属ホンサナエ.
− 腹部第9節の最大幅に対する,腹部第9節の正中線に沿った腹節長(節間の伸びた部分を省いた背棘の根元までの長さ)の比が0.25前後である(c).かつ,背棘が腹部第9節にしかなく側棘が腹部第7から9節にしかない(d).・・・ミヤマサナエ属ミヤマサナエ
var. ホンサナエの側棘や背棘には変異が認められる.ただし,明瞭な側棘が腹部第6節から第9節に存在し,かつ背棘が腹部第8,9節に存在する場合はホンサナエとしてよい.しかし背棘が腹部第9節だけにあって側棘が腹部第7節から第9節にだけある場合,ミヤマサナエとしてはいけない.ホンサナエの変異個体の中に,このような背棘・側棘配置を持つものがあるからである.このような理由から,腹部第9節の縦横比を用いている.この縦横比の違いは,腹部第9節側縁のすぼまり方の違いになっていて,ミヤマサナエの方がすぼまり方の程度が大きく見える.縦にへしゃげた羽化殻を同定する場合には注意を要する.
a.ホンサナエ腹部第9節,b.ホンサナエ終齢幼虫標本腹部先端部,c.ミヤマサナエ腹部第9節,d.ミヤマサナエ終齢幼虫標本腹部先端部.
検索キー14
14.腹部第10節は幅広く,短く,後方に伸びていない.尾毛は肛上片の半分程度の長さである(a).・・・ダビドサナエ属.
− 腹部第10節は,長短はあるものの,細長く後方に伸びている.尾毛は肛上片・肛側片とほぼ同じ長さである(b).・・・コサナエ属
  a.ダビドサナエ肛錐,b.タベサナエ肛錐.