減少の一途をたどる兵庫県のコバネアオイトトンボ
はじめに−コバネアオイトトンボの分布
コバネアオイトトンボのオス
写真1.コバネアオイトトンボの連結植物内産卵.2010.10.16. 当時この池には多数のコバネアオイトトンボがいたが現在姿を消している.
 コバネアオイトトンボは海外では朝鮮半島,中国,ロシアにまで分布しています.日本では,北海道を除く,本州,四国,九州に分布していて,分布そのものは広いのですが,全国的に産地の減少が著しい種の一つです(尾園ら,2012).

 本種は現在レッドリストで最も高いランクの絶滅危惧T類(CR+EN)にリストされています.兵庫県のレッドリストでもAランクとなっています.しかし他の絶滅危惧種と同様,かつては兵庫県下各地に生息していて多数記録が残っています.篠山市(旧多気郡西紀町)(1),三田市(1)(3),加西市(1)(2)(3),小野市(1)(2)(3),西脇市(1),姫路市(2)(3),河辺郡猪名川町(2),加古川市(3),西脇市(3),高砂市(3),加東市(3),たつの市(旧揖保郡揖保川町)(3),美方郡温泉町(3),神戸市(4)など,記録を振り返ってみても,兵庫県南部の広い地域に分布していたことが分かります.
コバネアオイトトンボのオスとメス
写真2.コバネアオイトトンボのオスとメス.2012.10.7. この生息地(写真20)は現在は消滅している.
 特に,小野市から加西市にかけての青野ヶ原自衛隊演習場(写真5)には,無数のコバネアオイトトンボが生息していました.しかし2010年に行われた兵庫トンボ研究会の青野ヶ原調査会において,9月下旬から10月下旬にかけての3回にわたり,のべ19名で調査したにもかかわらず,コバネアオイトトンボは発見できませんでした(二宗,2012).

 筆者の記録だけをとっても,1990年代から現在までで,加古川市(1),加西市(1),小野市(6),神戸市(4),たつの市(1),加東市(3),三木市(3),姫路市(1) (( )内は生息地の数を表す)と,20か所以上の生息地を見つけています.秋になると,アオイトトンボに混じって,時々見つかる種でした.しかし,上記の記録の中で,現在確実に見られる場所はありません.

コバネアオイトトンボの最近の記録
写真3.筆者の持っているコバネアオイトトンボの記録の中でもっとも最近のもの.2013.10.27. 写真2,写真20と同じ場所.

減少の一途をたどる兵庫県のコバネアオイトトンボ
コバネアオイトトンボについて
アオイトトンボ属の3種
写真4.アオイトトンボ属の3種.左:アオイトトンボ,中:コバネアオイトトンボ,右:オオアオイトトンボ.
 コバネアオイトトンボは他のアオイトトンボ属の種とよく似ています.通常の区別点は,胸側部の金緑色部と淡色部の境界線の形状が異なることで見分けます(写真4,白矢印).また,メスの産卵管がある第9腹節が,3種の中では最も細く華奢になっています.樹皮下に産卵するオオアオイトトンボでは,これが非常に太くなっています(写真4,黄矢印).詳しくはアオイトトンボ属の区別について記述しているページをご覧ください.

 写真4のそれぞれが産卵している植物は,アオイトトンボがヒメガマの葉,コバネアオイトトンボがカンガレイの葉,オオアオイトトンボが低木(コウゾ?)の樹皮です.コバネアオイトトンボはカンガレイ,サンカクイ,クログワイなどの柔らかい植物に産卵することが多いのですが,これは「♀の産卵管のふくらみが小さいことと強いかかわりがあり,産卵管を作動させる筋肉の発達が弱く,組織の硬い植物に産卵できないため(杉村ら,1999)」というふうに考えられています.そういうこともあってか,コバネアオイトトンボがよく見つかるのは,こういった植物が多く繁茂する池が多いようです(写真5).またこういった特性から,産地が限局されるという考え方もあります(杉村ら,1999).

コバネアオイトトンボの典型的な生息池
写真5.かつて多数のコバネアオイトトンボがいた典型的な生息池.クログワイが密生している.
 コバネアオイトトンボは一年一化の生活史を有しており,10月頃に産卵,卵はそのまま越冬して春に孵化,短い幼虫期間を経て(写真6),6月頃には羽化します.羽化直後の個体は,特にオスが橙色がかった色をしており,特徴的です.メスも胸側部に橙色の線が出ます(写真7).

コバネアオイトトンボの幼虫
写真6.コバネアオイトトンボの幼虫.左は写真2,3の池で,右は写真7の池で,それぞれ採集されたもの.2008.6.8.(左),2011.6.11.(右)
コバネアオイトトンボの羽化直後の個体
写真7.コバネアオイトトンボの羽化直後の個体.メス(左)とオス(右).特にオスは淡い橙色を呈している.2011.6.25.
 未熟な個体は,他のアオイトトンボ属の種と同様に,林床に潜り込んで生活し,秋を待ちます.秋になると池に現れて繁殖活動を行います.11月になると次第に姿が見られなくなります.


減少の一途をたどる兵庫県のコバネアオイトトンボ
兵庫県のコバネアオイトトンボ消滅記録
絶滅した産地
写真8.かつてコバネアオイトトンボがたくさん生息していた池.現在は見られない.
写真8の池の記録
写真9.写真8の池の記録.メスの単独産卵,連結植物内産卵.1997.10.7.
 写真8,9の池は,丘の上の平らな場所にあって,まわりの水田からの水の流入がなく,非常に清浄な池でした.ジュンサイやタヌキモが繁茂し,池周囲にはカンガレイ,ヒメガマ,スゲ類が繁茂していました.コバネアオイトトンボは好んでカンガレイに産卵をしていたようです.この池では2000年代ころまではコバネアオイトトンボが少数ながら見られていましたが,ある時を境に,全くその姿が見られなくなりました.

絶滅した産地
写真10.写真8の池の近くにあったもう一つの生息地.
写真10の池での記録

写真10の池での記録
写真11.写真10の池での記録.2006.10.17.
 写真10の池は,写真8の池の近くにあって,現在でも池としては残っています.しかしコバネアオイトトンボは2010年ころまでには姿を消しており,今はアオイトトンボしか見ることができません.池の状況はそれほど当時と変わりありませんので,特に消滅した原因は不明です.フトヒルムシロやミズオオバコなどが繁茂し,抽水植物ではカンガレイが優占しています.

コンクリート護岸池
写真12.コンクリート護岸されているが,そこに生えている植物によく止まっていた.
写真12の池での記録
写真13.写真12の池での記録.左:オス,2008.10.13.,右:メス,2006.10.28.
 写真12の池は,平地にあるよく整備された池で,樹林が隣接しているわけでもなく,コバネアオイトトンボが生息する感じではありません.おそらく周辺から飛来していたのではないかと思います.しかし,2000年代は,周辺の草むらを歩くとときどきコバネアオイトトンボが飛び出してきたりして,定常的に集まっていたように感じる池でした.産卵などを観察したことはありません.この池は現在もありますが,ハスが消えて,ヒシだけになっています.やはり,2010年以降は姿を見ていません.

久しぶりに見つけた多産地
写真14.久しぶりに見つけた多産地.カンガレイが優占し,ジュンサイが水面いっぱいに広がっている.
写真14の池での記録

写真14の池での記録
写真15.写真14の池での記録.2010.10.16. 久しぶりにたくさんのコバネアオイトトンボの繁殖活動を見た.
 写真14の池は2010年になって久しぶりに見つけたコバネアオイトトンボの多産地でした.シーズンになると,たくさんのペアが産卵に訪れ,まだこんな池が残っていたんだと安心したものでした.この池では2012年まで生息を確認しています.その次に訪れた2015年,2016年の調査時には,コバネアオイトトンボの姿を確認できませんでした.この3年間の間に消滅したようです.池の環境はほとんど変化がありません.全く原因不明の消滅です.実は写真14は,コバネアオイトトンボが消滅した2016年に撮影したものです.池の環境は決して悪くないとお感じになりませんか?

コイの泳ぐ池
写真16.広くて特に何の特徴もないような池である.カンガレイはちょっとしか生えていない.
写真15の池での記録
写真17.写真16の池での記録.連結植物内産卵.2012.10.13.
 写真16の記録の池は友人からの情報で出かけた池です.道端にたくさんのコバネアオイトトンボが止まっていたという報告を聞いています.しかし現状は,コバネアオイトトンボが多産するような感じには見えません.ここは,2012年以降訪れていませんので,現況は不明です.

 もっとも最近の記録は,写真3の2013年のものです.しかしこの池(湿地)は,後述するように,消滅してしまいました.写真6の左側の幼虫もこの場所で採集したものです.そして,これ以後,私はコバネアオイトトンボの姿を見ていません.まだ丹念に探せば兵庫県下で見つかるとは思っていますが,既産地からどんどん姿を消していることだけは事実です.


減少の一途をたどる兵庫県のコバネアオイトトンボ
兵庫県のコバネアオイトトンボの減少の原因はよくわからない.
 以上の観察記録のように,コバネアオイトトンボは各生息地で姿を消しているのは事実です.しかしながら,その原因についてはほとんどわからないというのが現状です.とにかく個体数が非常に多かった青野ヶ原の自衛隊演習場でも,気づいてみれば姿が消えていたり,最近の多産地であった写真14の池でも,3年ほど訪れなかった間に姿が消えました.どちらも見た目の池の環境には大きな変化は感じられません.アオイトトンボの方は,現在でも,どちらの生息地でも多数観察することができます.

アオイトトンボは生き残っている
写真18.写真5の池(左)および写真14の池(右)には,現在もアオイトトンボが生息している.
 生息地が消滅したり変化してしまった例は,もちろん,あります.こういった池での消滅はわかりやすいです.例えば,写真9の右側の産卵個体は,下の写真19の池で撮影したものです.この池は放棄されてしまってから水位が下がったままになり,遷移して湿地状と化してガマが繁茂してしまいました.カンガレイはないわけではありませんが,もはやコバネアオイトトンボの生息池という様相ではありません.

遷移した池の例
写真19.放棄された結果,遷移によって池の様相が変わってしまった例.
 もっとはっきりとした生息地の消滅例は,最も最近まで私がコバネアオイトトンボを見つけていた(写真2,3)湿地状の池です.ここは天水で湿地が維持されていたようで,雨の降らない日が続くと干上がったりすることもありました.自然な遷移によって乾燥化が進行していたところです(写真20).しかし,2015年だったか,ここにメガソーラーの施設が建造されてしまいました(写真21).日当たりもよく,乾燥化が進んでいる湿地で,かつ利用されていない土地でしたから建設には適していたのだと思います.ここには最近減少傾向にあるマイコアカネも生息していて,とても残念でした.

広大な湿地帯
写真20.広大な湿地帯には,秋になるとコバネアオイトトンボやたくさんのアカトンボが集まっていた.
遷移した池の例
写真21.写真20とほぼ同じ位置から撮影したもの.メガソーラーが建設されてコバネアオイトトンボの生息地は消滅した.
 このようなはっきりとした例はむしろ例外的です.見た目の環境が変わっていないのにある時突然姿が見られなくなる.これは,絶滅危惧種に共通の特徴であるように思えます.マダラナニワトンボしかり,ベッコウトンボしかり,そして絶滅危惧種ではありませんがアオヤンマもよく似た運命をたどっているように思えます.こうなるとどうしても疑いたくなるのが薬剤の影響ですが何の証拠もありません.マダラナニワトンボやベッコウトンボ,はたまたアキアカネの減少などについてはいろいろと議論されていますが,コバネアオイトトンボの減少に関する研究や議論はほとんどないようです.コバネアオイトトンボも,やがて兵庫県ではほとんど見られないトンボになるような気がします.


参考文献
関西トンボ談話会編,1974ー1977.近畿のトンボ第1集.
関西トンボ談話会編,2006.近畿のトンボ(データ編).
東輝彌,2010.兵庫のトンボ分布目録,(東輝彌の記録1958〜2007)
青木典司,1998.神戸のトンボ.神戸市スポーツ教育公社.
二宗誠治,2012.兵庫トンボ研究会調査会報告2010年第2回 青野ヶ原トンボ相調査会.Sympetrum Hyogo, 13:33-39.
尾園暁・川島逸郎・二橋亮,2012.日本のトンボ.文一総合出版.東京.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.