No.580. ホンサナエの生態観察.2018.5.5.

今日は朝から晴天が続くとの予報.以前から今年の大切な予定に入れていたホンサナエの生態観察に出かけました.昨年5月18日に来てもう遅い感じがしていましたので,今年はトンボの出現が早いこともあり,この日を選んびました.ホンサナエは,兵庫県下では産地が著しく減少していて,単発的には各地でときどきその姿を見ることはあるものの,まとまって生息しているところはほとんどなくなってしまっています.今日の観察地には昨年そこそこの数を見ていたので,多分繁殖活動も見られるだろうと予想して出かけました.

現地に入ったのは8:30ころでした.道を歩いて行くと,オスが1頭飛び立ちました.何事も初めての出会いは大切にということで,今日来た証拠に一枚パチリ.

▲今日最初に出会ったホンサナエのオス.道に止まっている.まずはごあいさつ.

川に近づくとすでにオスは川面に出ていて,ホバリング飛翔したり,激しく追尾行動を繰り返していたりしていました.朝はトンボも元気なので,止まっているオスを撮るだけでも結構気をつかいます.ウェーダーをはいて川に入り,オスの撮影から始めました.朝早いうちはまだ気温もそれほど高くないせいか,白っぽい石やコンクリートの上に止まる個体が多かったようです.

▲朝,ホンサナエのオスの多くは,日当たりのよい石やコンクリートの上に止まっていた.

オスは,ナゴヤサナエによく似た感じで,しきりにホバリングをするのでこれは撮っておきたいと思い,ピンボケの山を承知で記録を撮ってみました.

▲ホバリングするオスたち.なかなか近寄らせてくれない.

そんなこんなで,オスと戯れていたとき,突然メスとタンデムになったオス,そしてそれにつかみかかったオスの3頭のかたまりが,目の前の水面に落ちました.産卵に来たメスをまんまと仕留めてタンデムになったオスに,そうはさせじともう1頭別のオスが横取りしようとしているのです.

▲3頭がもつれ合う.本当にメスは大変だ.オスがいないときに産卵しようとする気持ち,分かる.

▲ついには,横取りオスを振り払い,タンデムオスがめすを引っ張っていくこととなった.

しかし,タンデムになったオスの優位は変わらず,結局横取りしようとしたオスを振り払い,メスをつかんで飛び去っていきました.メスの姿を見ると分かりますが,もう踏んだり蹴ったりで,諦めたようにだらんと力を抜いているように見えます.されるがままという感じです.ホント,メスは大変だ.

さて,昼中は産卵には来ないだろうなとは思ってはいましたが,その後,メスの姿はさっぱり見かけません.周辺の山際を歩いても,その姿は見えません.きっと樹上に上がっているのでしょう.川では,オスたちが,石やコンクリートの上から,草の上にと止まり場所を変えだしました.気温がかなり上昇してきているのでしょう.ちなみに,11:30現在で27℃でした.

▲気温が上昇してくると,植物の葉に止まる個体が多くなってくる.

山本ら(2009)によると,繁殖活動は朝と夕方に活発になるとあります.そこで,私も夕方に備えて,いったん中休みを取ることにしました.昼食をとり,近くの山の細流へ,カワトンボたちの産卵を観察に行くことにしました.ニホンカワトンボやアサヒナカワトンボは,ちょうど日中が産卵のピークなのです.

▲ニホンカワトンボの成熟したオス.

ニホンカワトンボはすっかり成熟しています.日陰の産卵しそうな朽木を慎重に調べながら,細流を上っていきました.しばらく樹林の中を探索していると,とても面白いものを見つけました.なんと,アサヒナカワトンボとニホンカワトンボが並んで産卵しているのです.

▲アサヒナカワトンボ(左)とニホンカワトンボ(右)のツーショット産卵.

ニホンカワトンボはかつてオオカワトンボ Mnais pruinosa nawai と呼ばれ,アサヒナカワトンボ(当時のニシカワトンボ Mnais pruinosa pruinosa)とは亜種の関係にあるとされていました.亜種とされるには,原則として両者が異所的に生息していることがその条件になります.またオオカワトンボは河川の中流域に生息する傾向があると図鑑などには書かれていました.これらの問題はDNAをつかった研究で整理され,現在のアサヒナカワトンボ Mnais pruinosa とニホンカワトンボ Mnais costalis に分けられています.上の写真は,ずっと昔であれば,ちょっと話題を呼ぶ写真となったかもしれませんね.

別の場所ではアサヒナカワトンボが産卵をしていました.

▲アサヒナカワトンボの産卵.

▲アサヒナカワトンボの産卵環境.白い矢印の所でメスが産卵している.

この上り道にはヤマサナエの未熟個体がいて,目を楽しませてくれました.ムカシヤンマらしい個体も見かけたのですが,ここにいるとは思ってもいなかったので,「撮り」逃がしてしまいました.

▲ヤマサナエの未熟個体.上がオスで下がメス.

さて,ゆっくりと樹林の日陰で一番暑い時間帯を過ごしたので,今日の本命,ホンサナエの生態観察を再開することにしました.少し休息を取ってから,川に戻ったのはちょうど15:00でした.ホンサナエのオスたちはまだ飛んでいるかと川面をのぞき込むと,午前中と変わらず,ホバリングしたり追尾したり,忙しく活動をしていました.彼らは暑さもなんのそのらしい.

▲15:00を過ぎてもオスたちは頑張っている.気温は29℃.

16:30くらいになると,川には涼しい風が吹き始め,オスたちの姿がだんだんと少なくなっていきます.それでもまだ飛び続けているオスもいましたけど.

▲だいぶんアンバーカラーが強くなってきた.ホワイトバランスを自動にしていないとこうなる.

そんなときでした,目の前でメスがオスに連れ去られていくのを見ました.メスをつかんだオスは一気に高く飛び上がり樹林を目指します.

▲メスをつかまえたオスが一気に舞い上がり遠くへ飛んでいく.

その後すぐ,今度は水面にメスが落ちてもがいているのを見つけました.どういういきさつで水面に落ちたかは見ていませんでしたが,たぶん,オスに突き落とされたのでしょう.しばらく写真など撮っていたのですが,一向に水から抜け出る気配がなかったので,助けてあげることにしました.そして記念に1枚写真を撮りました.しばらく翅を震わせていた彼女は,ちょっと目を離したすきに飛び去っていきました.

▲ホンサナエのメスの災難.オナガサナエでも一度こう言った落下メスを見たことがあった.

▲助けたメスの記念撮影.翅がしっとりと濡れ水を弾いていないので,水から抜け出せなかったのだ.

そろそろメスがやってき始めたという感じです.自然と緊張感が高まってきます.オスの数が減ってくるとメスがやってくるという経験則.メスはこの時間帯が好きなのか,オスがいなくなる時間帯を学習してこうなっていくのか,どうなんでしょう?.コサナエ属でも,フタスジサナエなど,午前中にもやっては来ますが,夕方に多いのは観察の通りです.

さて,水面がだんだんと賑やかになってきました.明らかにオスとは違う飛び方をする個体が出てきたのです.水面上を目にもとまらぬ高速で飛び回り,キュッキュッと往復に飛んだかと思うと,打水して飛び去ります.どう考えてもメスのホンサナエです.しかし速すぎるのと,大分暗くなってきているのとの両方で,ほとんど確認できません.網を振るしかないなどと考えましたが,やけくそでオートフォーカスにして写真を撮ってみたら,なんと,一枚,ホンサナエのメスの証拠となる写真が撮れていました.写真では明らかに卵塊をつけて飛んでいるのが分かります.これは奇跡的です.

▲オートフォカスでの直感的撮影.卵塊をつけて飛んでいるので,ホンサナエのメスであることが分かる.

そして,その後の連写のコマを追跡してみると,この後メスは降下して打水し,ターンをしてもう一度打水しているのが分かります.1回目の打水では卵塊が全部放たれていないようで,腹部先端に赤いかたまりが見えます.一度に放卵するように考えてしまいがちですが,2回に分けて放卵しているようです.あるいは一つの可能性として,1回目の打水で卵塊に水分を含ませ,2回目の打水で卵がバラバラになるようにして放卵しているのかもしれません.すべてのメスが2回打水する行動を取るなら,この可能性は高くなります.今後の課題ですが,実際,メスらしい別の個体の飛び方を見ていても,ターンして2回打水する行動が見られることがあります.飛ぶのが速いのと暗くて確認しにくいので,すべてを確認できていません.緻密な観察が必要です.なお,カメラの連写機能は毎秒6コマですので,1枚ごとに約1/6秒経過しています.上を含めた全6コマで約1秒の出来事です.いかに高速かお分かりいただけるでしょう.また,トンボの位置を明確にするため,その部分だけを楕円形に明るさ調整しています.

▲上の写真から1/6秒後,メスは高度を下げ水面に近づいた.

▲水面に打水による波紋が見られる(白矢印).メスの腹部先端にはまだ赤い卵?が残っている(黄矢印).

▲その後向こう側に向かってターンをした.

▲向こう側からこちらに向かってターンした後,打水した.そのときの波紋(白矢印)が見える.

▲2回目の打水が終わった後,もう腹部先端には卵は付いていないようである.

これらは16:57に撮影したもので,日もかなり傾き,アンバーのトーンが強くなってきています.そしてその1分後,やっと目の前で卵塊をつくるメスに出会うことができたのです.

▲16:58,卵塊をつくり始めて間もないホンサナエのメス.

▲卵塊がほぼできあがった状態.16:58’22″より少し前に卵塊をつくり始めて,16:59’40″に終わった.

私は,ホンサナエの産卵には,1990年代に神戸市内で見たきりお目にかかっていません.そのときは,雨後増水した川に,ふらふらと飛んで,チョンと打水して飛び去りました.ですから,打水がこんなに高速だというのはにわかに信じがたかったし,卵塊をつくるのは写真でしか見たことがありませんでした.長年トンボ観察をやっていても,どうしても出会えない何かというものがあります.今日やっと卵塊づくりを目の当たりにしました.この興奮があるので,トンボ観察はやめられないのですね.ホンサナエがたくさん見られた30年前ならもっとかんたんに卵塊づくりを見ることができたでしょう.失われた自然は取り返すことができません.

相変わらず,川面を高速で飛び打水して飛び去るメスが続きます.そして遅くまで居残りしていたオスが,まんまとメスをお持ち帰りしています.この遅くまで飛んでいるオスも.夕方にメスが来ることを学習しているのだろうかと,ふと思ったりします.そうこうしているうちに,17:24,目の前の砂州にメスが止まりました.メスは卵塊をつくり始めるまでは敏感に気配を感じて飛び去ってしまうので,まず遠くから写真を撮って,しばらく待ってから近づくことにしました.それでもメスは気配を感じて飛びましたが,遠くへは逃げ去らずに,すぐ近くに止まりました.二度三度そういったことを繰り返した後,朽木に止まって最後まで卵塊づくりをする決心をしたようです.二回目の卵塊づくりの観察ができました.

▲17:24,メスが目の前の砂州に止まった.卵塊をつくろうとしているようだ.

▲しばらくして近づくと,飛んで岸辺の草の上に止まった.

▲17:24,ほぼ卵塊をつくり終えたメス.この後飛び立った.飛び立った時刻は17:26で下のと差がない.

そしてその直後,またもやメスが卵塊づくりを始めました.17:26のことです.最初と同じコンクリートの上で卵塊をつくり始めました.

▲17:26,このメスは,上の個体と同一である(下記参照).卵塊づくりと産卵を繰り返しているのだ.

さて,メスが立て続けに産卵にやってきたのですが,山本(2009)の記述を読むと,メスは卵塊づくりと打水産卵を数回繰り返すと書かれています.そこで,上記2個体の斑紋鑑定を行ってみました.これ前もフタスジサナエでやりました.下の写真がそれです.細かいところまでほぼ完全に一致しています.まず同一個体とみて間違いないでしょう.

▲上が17:24の個体,下が17:26の個体.この2個体は同じ個体である.

このような証拠が出てくると,先の16:57の打水産卵メスと,16:58の卵塊づくりメスも同一個体ではないかと思ってしまいます.

さて,さらにメスはやってきます.17:34,今度はメスが岸の草に止まりました.そっと近づくと,上へ逃げました.足場が悪く追いかけられないので,とりあえず下から撮ってみました,これが結構面白い.卵塊が生殖口から出てくるのが見えます.そして登りにくいところを無理に登っていったら,このメスは飛び去った後でした.登らずにこのまま撮影を続けた方が面白かったと後悔しています.

▲卵塊づくりを下から見上げた写真.生殖口から卵塊が出てきつつあるのが分かる.

さらにメスは入ってきます.全部で20回は超えているでしょう.しかし先に検証したように,メスが卵塊づくりと打水を何度か繰り返すならば,実際の個体数はもっと少ないものと思われます.同じように卵塊をつくって打水するトラフトンボとは違いますね.

17:40.まだ飛んでいるオスがいます.辺りは大分暗くなって,ますますアンバーカラーが強くなってきました.この頃になるとオスもなぜか私を警戒せずに近くを飛びます.飛んでいる写真を撮って,今日の観察を終えることにしました.長い一日でしたが,楽しむことができました.

▲17:40,まだ飛んでいるオスがいる.もうこれ1頭という感じ.

今日は内容が多く,公開が一日遅れました.
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<参考文献>
山本哲央・新村捷介・宮崎俊行・西浦信明,2009.近畿のトンボ図鑑.いかだ社,東京.

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