不思議なアカトンボ ナニワトンボ
青いアカトンボ ナニワトンボ
オスの静止
写真1.ナニワトンボのオス.2016.10.15.,兵庫県高砂市.
 ナニワトンボは2007年のレッドデータブックの改訂によって,絶滅危惧 II 類にリストされました.「ナニワ」という名前は,お分かりの通り「浪速」で大阪を意味しています.つまり大阪の名前がトンボの名前になっています.これは初めて発見されたのが大阪であることによるそうです.

 全国的に見ても分布が瀬戸内海周辺の地域に限られている点が大きな特徴で,このような分布を示すトンボは他には見あたりません.具体的に言うと,福井県を北東端にして,三重県,近畿二府四県,鳥取,岡山,広島,香川,愛媛の各県に分布しています(津田,2000).兵庫県では瀬戸内側に広く分布しています(関西トンボ談話会,1984).

 ところでナニワトンボのオスは写真1のような青灰色をしたトンボですが,分類学的にはアカトンボのなかまとされています.赤くならないけど立派なアカトンボというわけです.ですからよく見かけるのは秋,9月から10月終わりにかけてです.ただし,ナニワトンボは7月ころから姿を見せていて,ひっそりと木の中に隠れています.また8月中には産卵活動を始めているようです.

 ここではそんなトンボ,ナニワトンボの生態を紹介します.


不思議なアカトンボ ナニワトンボ
ナニワトンボの生息環境
ナニワトンボの見られる池
写真2.ナニワトンボの見られる池.樹林が隣接し,秋に水落がされる池が典型的な環境である.水が落ちた池岸には,朽ちた倒木や落ち葉が積み重なっている.
 ナニワトンボは兵庫県ではため池を中心に見られます.兵庫県はため池の数が全国第一位で,数え上げられているだけで4万以上のため池があります.そのせいか,絶滅危惧 II 類にリストはされていますが,兵庫県ではまだ各地にどちらかといえば普通に見出すことができます.ただ,ため池といってもどんなため池でも良いわけではなく,いくつかの特徴を有しています.それは,(1) 樹林が隣接していること,(2) 秋に水が落とされて水際が大きく後退し,樹林の際から水際まで露出した池岸ができること,です.

 つまり写真2のような様相を有するため池が典型的なものです.樹木が池に張り出していて,満水時はそれが水面をおおっていますが,秋に水が落とされるとその下に露出した池岸が姿を見せるようになります.もちろん,ふつうに樹林が接しているだけの所にも見出されますのでこういった環境が必須のものではないようですが,こういった場所を秋に覗くとたいがいナニワトンボを見つけることができます.そしてそこに朽木が重なるようにして倒れておれば言うことなしです.


不思議なアカトンボ ナニワトンボ
ナニワトンボの一生
終齢幼虫と未熟なオス
写真3.左:ナニワトンボの終齢幼虫.右:未熟な♂.まだ粉をふいていない.
 ナニワトンボは一年一化の生活史を営んでいるようです.他のアカトンボと同じように,秋に産卵された卵はある程度まで発育をしてから休眠し,冬を越します.そして春になって水温が上がると孵化します.その後急速に成長して7月頃には羽化します.羽化した成虫はしばらく樹木の陰に隠れて生活します.そして,8月下旬から9月になると産卵活動が観察されはじめ,11月には姿を消してしまいます.

 幼虫は水底の落ち葉の間などに潜んでいるようで,6月ころ水底の落ち葉をすくうと見つけることができます(写真3左).6月下旬から7月はじめころ,羽化したオスの成虫はまだ青灰色の粉を吹いておらずメスと同じような斑紋を有しています(写真3右).この時期の成虫は,大きな樹木の中に潜り込んでいるようで,陰になった部分の枝先に止まっているのをよく見かけます.オスは7月中には青灰色の粉を吹き,そのころ気の早いオスが水辺に現れることもあります.

夏にオスが見られる場所
写真4.暑い季節,ナニワトンボのオスは,左の写真のような池の樹林の陰で静止していることが多い.2007.9.1., 兵庫県加西市.
 秋になると,オスは池畔の樹林の陰や樹林の縁で,枝先や倒木などに止まってメスを待つようになります.メスは隣接する林の上から降りてくるようにして池畔に現れ,産卵が終わると,茂る枝をぬうようにして,再び樹上へ消えていきます.オスもおどかしたりしたときや,自発的に池から離れるときには,同じように樹上に向かいます.産卵に来ないときのメスは,周辺樹林の日溜まりなどで休んでいることが多いようです.このようにナニワトンボはため池とその周辺の樹林に強く結びついた生活を送っています.

オスとメス
写真5.左:オスは秋になると日向へ出てくることも多くなる.2010.9.18., 兵庫県神戸市.
    右:メスは樹林中や林縁にできた日だまりで静止していることが多い.少し池から離れた場所である.2016.10.15., 兵庫県高砂市.

不思議なアカトンボ ナニワトンボ
ナニワトンボの繁殖活動
 岸辺に止まって待っているオスは,メスを見つけると体当たりして連結します.メスはそのショックで水面や地面に落ちることもしばしばです.オスは落ちたメスの上に乗りかかり,強引に連結姿勢をとり,すぐに交尾に入ります.

 交尾は10分前後で終わります.交尾が終わると連結態のまま,露出した岸辺の上で打空産卵を始めます.どこでも産卵しているように見えますが,特に倒木があるような立体的な場所を好むような印象があります.あちこち移動し,場所を変えながら数分間産卵を続けます.

交尾とタンデム
写真6.左:ナニワトンボの交尾.2010.9.18., 兵庫県神戸市.右:タンデム.2010.9.18., 兵庫県神戸市.
 ナニワトンボは『連結打空産卵』という方式の産卵を行います.これはオスとメスが連結したまま空中から卵をばらまく方式です.卵は水の中にばらまかれず,岸辺の土や落ち葉の上など,水のないところにまかれます.こういった水のないところに産卵する習性は,打空産卵を行う種には結構多く見られます.アカトンボのなかまでは,リスアカネ,ナツアカネ,ノシメトンボなど,いずれも水のない湿土や草むらの上空から卵をばらまいています.

連結打空産卵
写真7.ナニワトンボの連結打空産卵.(左) 2010.9.18., 兵庫県神戸市.(右) 2012.9.22., 兵庫県姫路市.
連結打空産卵
写真8.ナニワトンボの連結打空産卵.落下する卵が見える.(左) 2010.9.18., 兵庫県神戸市.(右) 2009.9.20., 兵庫県小野市.
連結打空産卵
写真9.ナニワトンボの連結打空産卵.倒木のそばや落ち葉の上で卵をばらまく.2009.9.20., 兵庫県小野市(写真2の池).
 カップルは産卵の途中で連結したまま止まることがよく観察されます.その場合でも卵はメスの腹端から出続け,卵が落下していきます.また途中でオスがメスを離し (メスがオスを振り切るというように逆かも知れませんが),その結果メスが単独で産卵を続けることもしばしばです.時には,メスがこっそりとやってきて単独で産卵し,そのままオスに見つからず産卵を終えて帰っていく場合もあります.

産卵のバリエーション
写真10.産卵のバリエーション.左:メスの単独打空産卵.右:遊離性静止産卵.

不思議なアカトンボ ナニワトンボ
ナニワトンボの進化と分布拡大
 ナニワトンボは以上のような習性を持ったトンボです.生息環境のポイントは,樹林が隣接し,露出した岸辺が『秋に』出現するようなため池です.ナニワトンボが池沼に生活するということは,平地や丘陵地にもはや自然のままの池沼などない現在においては,ため池がほぼ唯一の生息場所であることを意味します.

 旧来よりため池は秋になると水を落としていました.私は詳しく知りませんが,ため池を補修したり長持ちさせるためには,水を落として管理するといったことを聞いたことがあります.しかし最近は秋に水を落とさないため池が増えてきたように思います.コンクリートを張って改修したため池にそういったことが多いように感じています.こういったため池ではナニワトンボはほとんど産卵を行いません.現に私のよく通っていた揖保川町のため池では秋に水を落とさなくなってから,ナニワトンボの姿が消えました.

 しかし先に述べたとおり兵庫県には多数のため池があり,そのことに支えられてか,あまり減少傾向は感じられません.つまり,たくさんあるため池のうちどこかのため池は水が落とされている可能性があり,また貯水量と利用量の関係で毎年秋には水位が下がっているような池があったりと,池の様相も様々だからです.また年によっても降水量の関係で水位が下がるときもあります.また最近は,むしろ行政が積極的に水落を奨励しているとも聞きます.いずれにしてもたくさんの池が近くにあれば,どこかの池がナニワトンボの必要とする環境を提供できる可能性が高くなるということです.

 このことは池の数が非常に少なく,また離れて存在しているような地域では,生息池の水位がある年たまたま下がらなかった場合に,代わりの場所が見つからず個体群に大きなダメージが生じる可能性が高くなることを意味します.

 このように考えを巡らせていくと面白いことに気づきます.それはナニワトンボの分布です.ナニワトンボの分布は瀬戸内地域を中心とした各府県であることは述べました.実はこれらの府県はいずれもため池の数が多く,その密度の高い県なのです(表1).

府県名 ため池数 100ha当り
ため池数
都道府県名 ため池数 100ha当り
ため池数
  北海道 159 0.1




滋 賀 7,290 12.3
小 計 159 0.1 京 都 2,145 6.8




青 森 738 0.8 大 阪 13,000 78.8
岩 手 9,484 9.0 兵 庫 54,187 61.4
宮 城 6,800 5.4 奈 良 13,700 58.1
秋 田 1,949 1.4 和歌山 8,256 46.1
山 形 690 0.6 小 計 98,578 41.6
福 島 2,119 1.7







鳥 取 1,726 5.6
小 計 21,780 3.1 島 根 6,757 15.3








茨 城 2,000 1.7 岡 山 8,553 11.7
栃 木 531 0.5 広 島 16,475 28.0
栃 木 698 1.8 山 口 16,761 30.1
埼 玉 650 1.0 徳 島 116 0.5
千 葉 961 1.0 香 川 18,620 56.3
東 京 34 2.9 愛 媛 3,213 9.6
神奈川 56 0.7 高 知 421 1.4
山 梨 144 1.1 小 計 72,642 18.9
長 野 1,543 1.9




福 岡 5,881 6.7
静 岡 619 1.6 佐 賀 2,724 5.2
小 計 7,236 1.3 長 崎 3,088 10.1



新 潟 5,368 2.9 熊 本 3,459 4.0
富 山 3,813 5.4 大 分 2,332 4.6
石 川 3,227 6.9 宮 崎 223 0.5
福 井 745 1.6 鹿児島 785 1.5
小 計 13,153 3.7 小 計 18,492 4.6


岐 阜 2,489 4.3   沖 縄 57 4.6
愛 知 2,003 3.1 小 計 57 4.6
三 重 9,569 15.1 合 計 246,158 7.9
小 計 14,061 7.6   
表1. 全国の各都道府県のため池の数と密度.赤字はナニワトンボが分布する府県.
   「ため池数は,昭和53年5月構造改善局防災課調べ.碓井(1985)より引用.

 上の表だけ見れば,福井県,鳥取県,徳島県などため池の数・密度の少ない府県も入っていますが,これらはいずれもため池の数・密度の高い県に隣接していて産地もそう多くはありません.したがって私は,この一致には,偶然とは言えない何かがあるように感じています.これについては,私は次のように想像しています.

 それは,ため池が多いことを降水量が少ないということの裏返しと見れば,降水量の少なさとナニワトンボの分布の関係と見ることができるということです.農業が始まるずっと以前のことを考えてみましょう.そもそも瀬戸内海地方は降水量の少ないところですから,夏の少雨によって自然の池沼も秋口には水位が下がったり干上がったりした状態になりやすいことが考えられます.そういった環境に適応したトンボとして,ナニワトンボが瀬戸内海地方のどこかで進化してきたのではないかというわけです.

 もうしそうならば,ナニワトンボがどこで種分化して誕生したにしても,かつては,今よりはかなり局所的にしか分布しないトンボではなかったかと想像できます.そして農業が始まり,ため池という生活環境と,農業の営みとしての秋の水落しが定期的に行われるようになってから適応性が増し,分布がむしろ拡大したのではないかと見ることができるわけです.ですからため池の数・密度の多い府県を中心に分布するようになったと説明できるでしょう.

 山口県の産地は非常にわずかであること,広島県・鳥取県の分布は非常に限られていることなどを考えると,ナニワトンボが進化してきた地域は東の方,つまり大阪付近が候補としては可能性が高いと思いますが,みなさんはどのようにお考えでしょうか.言い忘れましたが,もちろんナニワトンボは日本特産種で外国にはいません.


不思議なアカトンボ ナニワトンボ
まとめ
 さて,絶滅危惧種ナニワトンボの今後ですが,以上の検討からいえば,ため池の密度の少ない府県で,今後減少の可能性が高いことが考えられます.兵庫県では近いうちに絶滅するといったことは今のところ考えられません.

 しかし,トンボの盛衰を,たった一つの切り口から考えるのは危険です.生活史の全ステージを検討して,その環境要求を考慮していかねばならないことはいうまでもありません.今回は主に成虫の繁殖活動の環境という視点から考察を加えたものだと考えていただければよいと思います.

産卵のバリエーション
写真11.左:メスを待っているオス.2012.9.22., 兵庫県姫路市.右:単独打空産卵中のメス.2010.9.18., 兵庫県神戸市.

参考文献
津田 滋,2000.世界のトンボ分布目録.自刊.
碓井信久,1985.神戸の水生植物.神戸の自然シリーズ14.神戸市教育研究所.
愛媛県立博物館,1979.愛媛県のトンボ.愛媛県立博物館研究報告 第10号.
神垣健司,1999.下蒲刈島のトンボ.下蒲刈町.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.日本産トンボ幼虫・成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.札幌.
大浜祥治 他,1993.自然探訪(1)山陰のトンボ.山陰中央新報社.
浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.