H082.ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum elatum
生息地の風景
レキが中心となった河床の小さな川とそのまわりに広がる草地.
 ミヤマアカネは,多くのアカトンボが池沼性であるのに対し,河川に生息する.しかし,ミヤマアカネがあちこちで見られた時代を知っている人にとっては,川のトンボというより水田のトンボといった印象が強い.昔,神戸市内で非常に多くのミヤマアカネが生息していた谷上地域でも,川のそばに広がる水田の稲にたくさん止まっていた.このころは生息環境についてあまり詳しく調べていないのでよく分からないが,山すそからわき出る細流や用水路のような所に生息していたのかもしれない.滋賀県での経験によると,幼虫は,こういった用水路の流れ込みがある水田で採れている.最近の水田はトンボにとっては住みにくくなっているようで,兵庫県でも,ミヤマアカネは各地の川で見つかるケースが多い.

休むミヤマアカネ
左:山裾でヌルデの葉に止まるメス.右:流れの横の草地で休むオス.
 ミヤマアカネは,羽化しても,生息地をあまり大きく離れることはなく,流れのすぐ横の草地や林縁で未熟な時代を過ごしている個体が多い.オスは,未熟なうちは,体の赤い色もまだ鮮明ではなく,縁紋も白い.成熟すると全身が朱色っぽい赤色になり,縁紋も桃色になる.メスは生涯ほとんど色彩は変わらない.若いメスは,褐色のバンドに真っ白な縁紋のコントラストが気品を感じさせる.私がまだ高校生だった頃,保育社から出た「原色日本昆虫生態図鑑・トンボ編」の箱の写真がミヤマアカネのメスで,稲穂に止まっているこの写真を見てからトンボにのめり込んだことを覚えている.7月には成虫が見られるが,生殖活動が本格化するのは9月に入ってからのようである.
朝休息地である草むらでホバリングするミヤマアカネ
朝,休息地である草むらでホバリングするミヤマアカネ.上は未熟なオス.
 朝早く生息地を訪れると,オスとメスが入り交じって,草むらに止まっている.脅かすと飛び立ち,しばらくホバリングしながら移動し,また止まる.摂食も行っているようだが,よくは分からない.未熟な成虫も成熟した成虫も一緒になって草むらで過ごしている.やがて日が高くなってくると,成熟オスは流れの方に出て止まったり,近くでメスを見つけて捕まえて交尾したりする.
流れで静止するオス
流れで静止するオス.メスの訪れを待っているのだろう.
 10時過ぎになるとあちこちで交尾個体を見かけるようになる.かといって,交尾は時間的に一斉に行われるというのではないようで,その後産卵活動が始まってからも交尾する個体はあちこちで見られる.交尾・産卵が一体となって,10時過ぎから正午過ぎまで継続して生殖活動が行われているようである.
交尾するミヤマアカネ
交尾するミヤマアカネ.交尾は,産卵の時間帯中,次々と見られる.
交尾が終わり,産卵を始めるカップルたち
交尾が終わり,産卵を始めるカップルたち.
 産卵は,川の本流より,側流の水たまりといった方がよいような所で行われることが多い.川底の砂の上にちょっとだけ水がしみ出ているような場所や,藻が水面に広がっているような場所に,メスは腹部先端を打ちつける.こういったところに卵を置けば魚に食われることもないし,成虫も魚に襲われることがないと思われる.水際の構造が非常に重要なようで,流れが速い川や,側流がないような河川では,個体数はそれほど多くないようである.

 気温が上がり汗ばむようになってくると,次々と産卵に訪れるペアがやってきて,いわゆる産卵のピーク状態となる.
いろいろなところに腹端を打ちつけるミヤマアカネ
いろいろなところに腹端を打ちつけるミヤマアカネ.
 ミヤマアカネは,産卵が終わるまでほとんどタンデム状態を解くことはないが,稀にメスを放し,そのままメスが単独産卵をすることがある.オスはしばらくはメスのそばを飛んでいるが,あまり執着はないように感じられる.

単独産卵するメス
左:メスを放した後のオス.流れの上でホバリングしている.右:単独で産卵するメス.
 産卵が終わると,メスはいったんは上昇してオスから逃げるが,また草むらの方に降りていく.お昼を過ぎると,産卵にやってくる個体は数が減ってきて,疲れたのだろうか,メスもオスも,草地で休息するようになる.

お昼過ぎ,休息するメスとオス
産卵を終え,草むらで休息しているメスとオス.
 ミヤマアカネは最近各地で数を減らしている.神戸市内ではもうほとんどその姿を見ることができなくなった.時々六甲山地の河川で発見される程度である.兵庫県下でも,数がまとまってみられるところは数えるほどしかない.一番上の写真のような環境の川はまだあちこちにあるのだが,どこも個体数は少ないか,または全く姿を見ない.川のトンボといいつつも,川と水田を結ぶ水系,といった,細流が張り巡らされた環境を好むトンボのような気がする.メダカが用水路から見られなくなったのと,ミヤマアカネが数を減らしたのが,時期を同じくしているような印象がある.水田の整備,または農薬の種類が変わったのが減少の原因かもしれない.