H097.シオヤトンボ Orthetrum japonicum japonicum
生息地の風景
ため池の一部に発達した湿地.水が浸出していて流れがあり全体は湿地状になっている.
 シオヤトンボは湿地に生息するトンボである.写真のように,ため池に発達した湿地から,本格的な低層湿原及び高層湿原などにも生息する.また未熟な個体は,河川の上流や源流域にころがる石によく止まっていたりする.休耕田などにもよく入り込んでいるようで,普通の水田横の細流や用水路などにも生活しているようである.幅広い生活環境に適応しているように見えるが,成虫がいても幼虫は意外と採れない.小さな流れがあるところを好むようで,幼虫はそういったところでよく採れる.

未熟なシオヤトンボ
左:羽化して間がないオス(三木市).右:未熟なメス(三田市).
 シオヤトンボは,兵庫県南部地方では,春一番に出現するトンボといっていい.オグマサナエやタベサナエなどの気のはやいサナエトンボに負けず,早春に羽化する.ここ1,2年(2010年現在)の観察では,4月上旬から中旬にかけて羽化しているのを見ている.羽化したてのオスは,体色がメスと同じ黒と黄色の斑紋をしている.

 シオヤトンボは,通常,羽化してもあまり生息地を大きく離れないようである.近くの日だまりなどで,オスとメスが入り混じって,未熟な時期を過ごしている.この時期,コンクリートなど,白っぽいものによく止まる.まだ気温の低い時期だからであろう.そういった場所で摂食をしながら,成熟するのを待つ.あまり詳しく観察したことはないが,約1週間から10日で成熟するものと思われる.2010年は低温でトンボの出現が遅く,シオヤトンボの初見も4月17日であったが,5月1日にはオスの探索活動や交尾産卵を観察しているので,通常4月の下旬には繁殖活動に入っているものと考えてよいであろう.オスは成熟にともなって,青白い粉をふくようになる.
湿地に姿を現しメスの訪れを待つ成熟オス
湿地に姿を現しメスの訪れを待つ成熟オス.時々飛んでメスを探す.
 朝,日が差し,気温が高くなってくると,湿地に成熟オスが現れる.オスはやはりコンクリートのような白いものが好きで,気温が低いときにはそういった場所によく止まる.気温が高くなってくると,水際の木の枝や草の上などにも止まるようになる.時々飛び立っては水辺を見回り,メスを探す.オスの個体数が多いときには,追尾行動が頻繁に見られる.スクランブルをかけたオスは,侵入者の下の方から,20〜30cmくらいの距離を保って短時間ホバリングし,追い上げる.観察地のオスの密度が高いせいかもしれないが,完全に他のオスを排除するような占有域を保持するというより,目についたら追いかけ回すといった感じの行動である.現にオスどうしが1,2mの距離で隣り合って静止することも珍しくない.
交尾するカップルたち
交尾するカップルたち.産卵に入ってきたメスを捉えてすぐに交尾する.
 交尾は特に時間帯が決まっているわけではない.産卵時間帯の間随時行われる.普通は,産卵に訪れたメスを見つけたオスが直ちにタンデムを形成し,交尾に移行する.オスの密度が高いときには,交尾後産卵に入ったメスを別のオスが奪って交尾することも頻繁に起きるので,産卵に訪れたメスが,一度の産卵の間に複数回オスと交尾することも稀ではない.交尾は最初は飛び回って行われるが,他のオスがいないと分かるとやがて静止することが多い.時に交尾を拒否するメスもいて,その場合メスは腹部を上方に反らして,オスより上に位置し,まっすぐ上方に飛び去る.交尾は数分で終わる.通常そのままメスは産卵に入り,オスはすぐ上空で警護する.繁殖活動の初期には,まだ十分成熟していないためか,交尾後産卵をせずに飛び去ってしまうメスもいる.
交尾が終わり産卵を始めるメス
交尾が終わり,産卵を始めるメス.
 産卵は,メスが単独で,湿地の水際や,小さな帯水に打水して行われる.よく見ると水を前方に飛ばしており,おそらく卵を何かに付着させているのだろう.一ヶ所で何度も打水産卵することもあるが,結構よく移動する.

ねらいを定めて水を飛ばす
前方の植物めがけてねらいを定め(上),打水して水を飛ばす直前(下).
 産卵は朝から見られるようだが,5月上旬の小野市の観察では,12時前後に頻繁にメスが湿地に進入し,次々と行われていたようだ.このころが産卵にピークだろうか.
打水産卵の瞬間
上:打水場所をねらっているメス.下3枚:打水産卵の瞬間.
 オスに執拗に追いかけられたメスは,疲れるのだろう,時々静止して休む.下のメスは産卵意欲が高く,オスに追いかけられてもなかなか産卵をやめなかった.その代わり,しょっちゅうオスから逃げて,静止した.静止すると,オスは嘘のようにそのメスには関心を示さなくなる.何かが刺激になってオスを誘引するのではないだろうか.一部に言われている羽ばたきの周波数かもしれない.

産卵途中で休憩するメス
産卵途中で休憩するメス.これらはすべて同じ個体.1回の産卵で何度もオスから逃げて止まった.
 静止してしばらくすると,ふたたび産卵場所を探して産卵を再開する.そして産卵が終わると,メスは一気に上昇して産卵場所を後にする.

休憩が終わったメスはまた産卵場所を探す
休憩が終わったメスはまた産卵場所を探す.
 シオヤトンボは,6月に入ると数を減らし,兵庫県南部地方では普通7月には姿を見なくなる.高い山では7月でも見られることがあるというが,私はまだ見たことはない.オスは老熟してくると体の粉も白っぽくなる.

老熟したオス
老熟したオス.