H055.メガネサナエ Stylurus oculatus
湖岸の風景
湖岸の砂浜.
 メガネサナエは元来川のトンボである.琵琶湖に注ぐ川で,以前オスが川面の上をホバリングしながら飛ぶのをたくさん観察した.それが,むしろ当たり前のように湖に生息しているのがおもしろい.メガネサナエは琵琶湖以外には諏訪湖にも多産する.トンボの生物学の本によると,湖の直線的な湖岸線をトンボは河岸線と認識するのではないかという.現にダム湖などで流水性の種が見られるのは,堰堤部の直線部分だけであるといった研究報告もあるそうである.

砂浜のオスたち
左:砂浜に止まるオス.右:近づくと飛び立ってこちらの様子をうかがう.
 朝,湖岸を歩くと,少し先に止まっているオスが人に気づいて飛び立つ.ハンミョウのように先へ先へ飛んでは止まっていくものや,湖面に出て人をやり過ごし個体もいる.黒と黄色の斑紋は,水面の波の輝きにとけ込み,急激に方向転換すると姿を見失ってしまう.色彩は長い時間かけて自然選択されてきたもので,その完成度にはいつも驚かされてしまう.流水種は,今でもほとんどが黒と黄色の縞模様でありつづけていることが,この模様が波の輝きに対する保護色になっていることを雄弁に物語っている.
波打ち際を飛ぶオスたち
午前中,波打ち際を飛ぶオスは逆光になる.しかし背景の水が光ってきれいである.
 オスは時々自発的に飛び立って,波打ち際に平行に,ゆっくりとホバリングするように飛ぶ.メスを探しているのだろうか.こんな時別のオスに見つかると,一気にスクランブルを受け,2頭はものすごい速さで湖面の方に飛んでいく.よく見慣れたトンボの追尾行動である.メスはなかなか現れない.オスたちは,暑い日射しの中,ただひたすらに砂浜に止まってメスを待つ.朝のうちはかなり敏感に反応して逃げていたオスたちだったが,だんだんと人を警戒しなくなる個体が出てくる.こんな時近づいてトンボの表情を見ると,メスを待っている気持ちが分かろうというものだ.そんなとき,オスが猛然と湖面の方にダッシュした.メスが入ったようである.一気に捕まえて連結態になり,湖岸に生えている松の木の上の方に止まった.交尾の時間帯に入ったようである.
砂浜でメスを待つオスたち
それぞれの格好で,砂浜でメスがやってくるのを待っているオスたち.
 10時半を過ぎたころだろうか,突然足元にメスが飛び込んできた.メスは砂浜に止まって翅を小刻みに振るわせ,腹部先端を小さく下に曲げて,力んでいるような姿勢を取る.卵塊は小さいのだろうか,のぞき込むようにしてもはっきりとは確認できない.ヘリコプターが離陸するよう突然垂直上昇すると,波打ち際の方へ移動し腹部先端を波打ち際ぎりぎりの所に打ちつけ,放卵する.2,3度打水すると,また砂浜に止まり,同じようにして卵塊を形成する.
卵塊を形成しているメス
メスは♂に比べて複眼が黄緑色をしており,体色も黄色みが強い.
波打ち際へ移動するメス
上左:砂浜を飛び立ったメス.上右:打水の瞬間,下:打水のタイミングを計っているメス.
 産卵が終わると,メスは一気に山の方へ飛んでいく.時々湖面の方に飛ぶのもあるがどこへ行くのだろう.メスが産卵に来る時間帯はだいたい決まっているようで,立て続けにあちこちへ産卵にやってくるようである.この日も,すぐ隣の場所で産卵しているメスがいた.交尾・産卵と,多くの個体が同調して活動するにはとても不思議である.サナエトンボはこういった同調的な日周活動をしているように感じるものが多い.
波打ち際へ移動するメス
昼近くになり,太陽もだいぶん移動して,順光で写真が撮れるようになった.
 産卵のピークが終わっても,オスたちはまだ未練たっぷりに水際をパトロールしている.お昼を過ぎ,時間が経っていくと,オスの数も減ってくるように感じる.以前ビデオを撮影に来たときは,夕方にまた産卵のピークがあった.オスたちもそれを知っているのだろうか,夕方まで少し長いお昼休みを取るのだろう.こうやって,毎日繁殖活動を続けていくのだ.

 最後に一つだけ気づいたこと.メガネサナエは,オスもメスも,飛ぶときに後肢を後方に伸ばしているのはなぜだろう?