H064.ハネビロエゾトンボ Somatochlora clavata
生殖活動を行う場所の風景
生殖活動を行う場所の風景.樹林の中にある細流.
 ハネビロエゾトンボは,エゾトンボ属の中の流水性種である.タカネトンボが池沼性,エゾトンボが湿地性であり,本種がその周辺環境としての流水部分に生息しているのは,同属3種の棲み分けとして面白い.幼虫をすくっていると,湿地周辺ではハネビロエゾトンボとエゾトンボ,小規模な林内の細流ではタカネトンボとハネビロエゾトンボが同じ場所で見つかることも少なくない.しかし写真のようなレキ質の流れには,多くの場合ハネビロエゾトンボしか見いだされない.このような,特に珍しいとは思われないような細流環境は兵庫県下には無数にあると思われるのだが,ハネビロエゾトンボの生息している場所は非常に限られているのが不思議である.

パトロールするオスたち
パトロールするオスたち.
 10:00ころ生息地を訪れると,うす暗い流れの上30cmくらいのところを,音もなくオスが飛んでいる.停止飛翔する時間が長く,停止飛翔して少し移動し,また停止飛翔しといったことを繰り返している.停止飛翔中向きを360度変えて,まわりを丹念に見渡しているような動きをする.カメラを30〜40cmくらいに近づけても,こちらを気にしながらも逃げる様子はない.なわばりに対する執着は強いようである.時々他のオスが侵入してくると,短時間向かい合って停止飛翔してから相手の下にもぐりこもうとする.どちらかが,たいていはなわばりを持っている方のようだが,下に入り込むと,一気に上空へ追尾して追い払う.コシアキトンボがよくやる動きに似ているが,平行に並んで飛ぶというよりは向かい合って,闘争しながら飛んでいる.
メスが産卵しそうなところを丹念に探すオス
メスが産卵しそうなところを丹念に探すオス.
 オスが,産卵にやってくるメスを待っているのは明白である.メスは水際で産卵をする.そういったメスが産卵する場所を丹念に調べてまわる.こんなときは,水面から5〜10cmくらいのところを飛ぶ.メスが産卵しているのを見つけると,メスの方に向かってしばらく停止飛翔して,飛びかかるチャンスをうかがう.ここというときに一気に前進し,メスをつかんで移精行動,そして交尾へといたる.メスをつかんで数秒の間のことである.飛びながら行われる.交尾態になると,高い樹木の上の方に移動して,交尾を継続する.
懸垂静止するオス
10:30過ぎになると,飛ぶのをやめて,懸垂静止し始めた.
 この日,メスは,産卵に合計6回入ってきた.最初のメスは10:30ころに入ってきたが,あっという間にオスに追われてしまい,産卵に至らなかった.その後メスを待ち続けたが,産卵にはやってこなかった.オスもメスを待ちくたびれたのか,10:30過ぎには,流れの横の草に懸垂して静止し始めた.他のオスが入ってきたりすると,飛び立ってそれを追い払ったりするが,時間が経ってくると,止まっているすぐ下をオスが停止飛翔していても,まったく意に介さないようになった.飛んでいるオスが止まっているオスを見つけて,つつくようにそばによっても知らん顔を決め込んでいた.
2番目に産卵に入ってきたメス
2番目に産卵に入ってきたメス.このメスはオスに見つからず,5分ほど産卵を続けた.
一番下の写真は打水の瞬間をとらえている.その右上は少し腹端が水面から離れたところ.
 11:51.メスが産卵に入った.オスがなわばりを形成しているところより少し上流側の,浅く水が表面だけを流れているような場所で,打水と打レキ?を繰り返している.タカネトンボのように,水を腹端に含ませてから,レキや砂利混じりの場所を打っているように見える時もあるが,どちらも卵をばらまいているのかもしれない.写真を撮っているとその辺がよく分からない.いずれにしても,水面ぎりぎりのところをせわしなく往復しながら産卵を繰り返す.このメスは,結局産卵が終わるまで,オスには見つからずじまいであった.  
3番目に産卵に入ったメス
3番目のメスは,先のオスがなわばりを形成していたところの水際で産卵を始めた.
 次にメスが産卵に入ったのは12:16であった.待つ方としては立て続けという感じである.今度のメスは,先のメスと違って,オスのなわばりの周辺で産卵を始めた.ここはやや水が深いので,メスは水際で打水を繰り返している.わずか1分ほどしたとき,このメスはなわばりオスに見つかって,連れ去られてしまった.このときのオスは,「来たか」といわんばかりにメスの産卵をじっと見つめて停止飛翔し,わずかに前後に動くようにして,飛びかかるチャンスをうかがっていた.このときのオスの姿が生き生きと見えたのは,少し感情移入しすぎのようである.
5番目に産卵に入ったメス
5番目のメスは,2番目のメスと同じところで産卵を行った.
 その後,撮影した画像を点検していたとき,足元から交尾態のカップルが飛び立ち,メスの進入を見逃してしまった.12時前後に,3頭のメスが産卵に入ったことになる.もうしばらく粘りたかったが,空腹と疲労感が漂い(マニュアル撮影は息を止めていて,しかも変な姿勢で撮影を続けているのですごく疲れるのである),12:45まで待ったがメスが来ないので,とりあえず昼食に抜けた.帰ってきたのが13:29.そのとき,メスが既に入って産卵を行っていた.あわてて撮影を開始した.場所は2番目のメスと同じ,浅い流れのところである.このメスはオスに追われ,13:31にはこの場所を離れた.
何度も産卵にやってくる流れの浅い部分
何度も産卵にやってくる流れの浅い部分.
 どうやら,ハネビロエゾトンボは,こういった浅い流れの部分が好きなようである.そこで,5番目のメスがまた戻ってくることを期待して,同じ場所で陣取ることにした.

 13:42.6番目のメスが産卵にやってきた.ねらいはずばり的中.この浅い部分で産卵を始めたのである.このメスは,5番目のメスと同じ個体かどうかは分からないが,産卵を終えたのが13:47と5分もあとのことだったから,先の個体とは違うのではないかと思われる.
6番目に産卵に入ったメス
6番目のメスも,2番目,5番目のメスと同じ場所で産卵を続けた.
下の写真は「打レキ?」している瞬間である.
 いずれにしても,確認できただけで,のべ6回もメスが産卵に訪れた.正午をはさんだ4時間足らずの間であった.こんなに続けて産卵に来るメスに出会えるのはなかなかないことであると思う.よい観察チャンスであったといえるであろう.