H008.アオハダトンボ Calopteryx japonica (1)
生息地の風景
▲水生植物が繁茂した水のきれいな河川の中流域.
 アオハダトンボは河川の中流域に生息するトンボである.清流にしか棲まないといわれることが多いが,確かに,少なくとも底が見えるほどの透明度がある川に生息しているような印象である.

 アオハダトンボは,兵庫県南部地方では,5月中下旬から姿を見せ始めるトンボである.多くの生息地において,ニホンカワトンボが先行して羽化・活動をしていることが多い.羽化時期になると,ニホンカワトンボに混じって,まだ翅が半分透き通ったような,淡い色をした未熟個体が数を増やしてくる.
未熟なアオハダトンボ
▲上:メスの羽化.下左:未熟なメス.下右:未熟なオス.
 アオハダトンボは羽化しても棲息地の川を大きく離れることはないようである.ハグロトンボやニホンカワトンボは,羽化後少し流れを離れて近くの樹林の林床に潜り込む時期がある.しかしアオハダトンボでは,そのような,流れを離れた個体を見ることは少ない.上の写真はおそらく羽化して数日以内の個体であると思われるが,ニホンカワトンボの繁殖場所に,それらの成熟個体と混じって止まっていた.
静止するオスたち
▲棲息地の川を訪れると,たいがいオスは姿を見せていて,時々翅を広げながら止まっている.
 アオハダトンボを早朝から観察したことがないので,夜間も流畔にいるかどうかは分からない.アオハダトンボが成熟した時期,朝,棲息地を訪れると,オスやメスが,ツルヨシの葉や流れの中の石の上などに止まっているのを見ることができる.
静止するメスたち
▲メスは繁殖場所に常にいて,いわばオスにねらわれている.
 メスは常にオスの目につく場所にいて,毎日を過ごしている.ということは,絶えずオスから,交尾対象としてねらわれているということになる.このことは,オハダトンボに限らず,日本産のカワトンボ科の各種においても同様である.一方多くのトンボでは,成熟したオス・メスが繁殖場所にいつも一緒にいるといったことはあまりなく,繁殖場所でオスがメスの訪れを待ったり.積極的にメスを探したりするのが普通であろう.そしてオスがメスを見つければ,どちらかといえば強引にメスを捕まえて交尾に至るように見える.この場合メスに残された手段は逃げることしかないように見える.

 このことを頭に入れて考えてみると,同所的にオス・メスが生活している種においては,オスが産卵可能状態にないメスに執拗に次々に交尾を迫り,またメスが逃げ回るというのは,エネルギーの無駄遣いでしかないだろう.生物の世界はできるだけこういった無駄を省く方向に進化するといえるので,結果,オス・メス間に何らかのコミュニケーションが発達してきたのではないかと考えることができる.カワトンボ科の各種に,いろいろなディスプレイが見られるのは,そういった理由を考えてみることもできるであろう.
オスを拒否していると思われるメス
▲翅を大きく広げ腹部腹面を突き出して,交尾拒否のサインを送っていると思われる行動.
 止まっているメスにオスが近づくと,メスは上の写真のような行動を取ることがある.こうなると,割合簡単にオスは引き下がるので,きっと一つの信号刺激になっているのではないかと考えられる.ただ,よく似た姿勢(翅の開き方がやや少ないが)を取っていても,オスは執拗にメスを刺激する場合もあって,見ただけでは違いが分からない.

 さて,オス・メスが何気なく休んでいるように見える時間帯が過ぎ,次第に日が高くなってくると,本格的な求愛が始まる時間帯になってくる.オスは,メスの産卵しやすそうな,沈水植物が水面近くに漂っているような場所や,ツルヨシの葉が流れに洗われているような場所に縄張りを持つ.普通は付近の葉上などに止まっていて,時々パトロールするように縄張り内を飛ぶ.他のオスが侵入すると,スクランブルをかけ,向かい合って威嚇をしたり,追尾をしたりする.
オスの縄張りと闘争行動
▲上左:飛んで縄張りをパトロールするオス.上右:侵入オスを追尾中の縄張りオス.
 下:手前の沈水植物(エビモ)のあるところが縄張りで,侵入したオスを追いかけ威嚇している.
 オスの縄張りにメスが進入すると,オスはメスに求愛行動を展開する.求愛行動については,次の観察ページに「観察記録」を示した.求愛行動がうまく成功すれば,タンデムを形成し,移精行動の後交尾に至る.
移精行動と交尾
▲上:交尾.下左:交尾前の移精行動.
 下右:交尾しようとしてもメスの腹部先端が葉の裏にあたり交尾できないカップル.
 しかし,オスの中にはすでに自分の縄張り内で産卵を「させている」ものがいて,こういった場合には,縄張り内に産卵に入ってきたメスを「求愛のディスプレイなしで」すぐに捉えて交尾する場合もある.またこういったオスは,メスが飛び立つとすぐに追いかけて,他の場所へ行かないようにかなり強引に「着水」させ,産卵を続けさせる.
オスの縄張りと警護
▲上左:縄張りで産卵するメスを警護するオス(白い矢印はすべて同じメス).
 上右:メスが飛ぶと,他へ移動しないように追いかける.
 中段:複数のメスを縄張り内で産卵させているオスがパトロールしている.
 下左:新しく進入したメスを見つけつかみかかる(黄色い矢印のメス)
 下右:移精行動の後すぐに交尾に至った.
 いい場所を縄張りにもてたオスは,次々に産卵に入るメスを捉えて交尾し,そのメスを囲い込む.このあたりはニホンカワトンボでも同様の行動パターンが見られる.

よい縄張りでのメスの集団産卵
▲上左:5頭のメスを従えているオス.パトロールして産卵の状況を確かめている.
 上右:うち4頭の産卵.
 下:時々同調するかのように翅を広げては閉じる.
 アオハダトンボは潜水産卵も行う.その意義は十分解明されているとは言い難い.オスは潜水産卵しているメスのことも認識しているようで,時々その上空を飛んでいる.

オスの縄張りと闘争行動
▲上左:体のほとんどが水面下に沈んでいるメス.
 上右:潜水産卵のメスを意識しているかのような飛び方をするオス.
 下:完全な潜水産卵.
 こうやって,産卵はゆっくりとかなりの時間をかけて行われる.